公正で透明な税務調査へ ― 納税者との信頼で築く「対話型」税務行政

税務調査は「納税者との信頼関係」で成り立つ

― 国税庁「調査手続の実施に当たっての基本的な考え方」より ―

平成23年(2011年)の国税通則法改正により、税務調査のルールが明文化されました。これまで運用上の慣行にとどまっていた調査の手続が、法令上明確に位置づけられたことで、納税者の権利保護と税務行政の透明性が一層強化されました。
この改正の目的は、「公正な課税」と「納税者の自発的な納税義務の履行」を両立させることにあります。調査を通じて税務署と納税者が対立するのではなく、正しい申告と納税を実現するための“協働”を促す仕組みといえます。


1.調査の基本理念 ― 公正と透明性の確保

国税庁は、「納税者の理解と協力のもとに、法令に基づき公正に調査を行うこと」を基本姿勢としています。
調査はあくまで、脱税摘発や罰則のためではなく、申告納税制度を支える一環です。
そのため、調査官には「公益的必要性」と「納税者の私的利益」とのバランスを常に考慮し、社会通念上相当な方法で調査を行うことが求められます。
また、納税者に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことも重要な使命とされています。


2.「税務調査」と「行政指導」の違い

税務署職員が納税者に接触する場合、その行為が「調査」なのか「行政指導」なのかを明確に区別しなければなりません。
調査は、所得税・法人税などの課税標準や税額を確定するための正式な手続であり、法律に基づくものです。
一方、行政指導は、帳簿の保存方法や将来の申告の改善などを助言するための任意の行為です。
どちらの立場で行動しているのかをはっきりと伝えることで、納税者が安心して対応できる環境を整えることが目的です。


3.事前通知と日程調整 ― 納税者との対話を重視

実地調査(いわゆる税務署が訪問する調査)は、原則として事前に通知されることになっています。
この通知には、次のような情報が含まれます。

  • 調査の対象税目・期間
  • 調査の目的
  • 調査担当者の所属・氏名
  • 質問検査を行う旨の説明

税務署は、調査日程を一方的に決めるのではなく、納税者や税理士の都合を確認し、必要に応じて調整します。
ただし、事前に通知することで証拠隠滅などのおそれがある場合は、例外的に「無予告調査(予告なし調査)」を行うこともあります。
この場合でも、臨場後は速やかに調査の目的・対象・担当者を説明することが義務づけられています。


4.調査当日の流れと納税者の権利

調査官は必ず身分証明書(国税職務証票)を携帯し、調査目的を明確に伝えた上で質問や資料の確認を行います。
帳簿や書類を見せる際は、納税者の了承を得て行い、必要があって一時的に預かる場合は「預り証」を発行します。
預かった資料は善良な管理者の注意義務をもって保管し、調査終了後は速やかに返却されます。

また、取引先などへの反面調査を行う場合も、その必要性や相手方への影響を慎重に検討した上で実施します。
納税者に不利益を与えないよう、調査の目的を明示し、公平な対応を行うことが定められています。


5.調査結果の説明と修正申告の勧奨

調査が終了した際には、その結果が丁寧に説明されます。

  • 修正の必要がない場合は、「更正決定等をすべきと認められない旨」の書面が交付されます。
  • 修正が必要な場合には、非違の内容・金額・根拠を説明し、修正申告を勧める手続が行われます。

このとき、「修正申告を行うと不服申立てはできないが、更正の請求は可能である」という法的効果も書面で説明され、納税者の理解を得た上で調査が終了します。


6.再調査とフォローアップ

調査後に新たな証拠や事実が明らかになった場合は、再調査を行うこともあります。ただし、これには厳格な要件があり、単なる再確認ではなく「新しい非違が明確に認められる場合」に限られます。
また、調査を通じて判明した帳簿保存や記帳の不備などについては、将来の改善を促す「行政指導」として説明が行われます。
このように、税務調査は単なる指摘ではなく、今後の申告精度を高めるための機会として活用されます。


7.理由附記と説明責任

税務署が不利益処分(たとえば更正や課税処分)を行う場合には、その理由を明確に記載する「理由附記」が義務づけられています。
これは、処分の適正性を担保するとともに、納税者が不服申立てを行う際の判断材料とするための重要な仕組みです。
透明性を高めることで、納税者との信頼関係を維持し、行政手続の公正さを確保しています。


まとめ:調査は「摘発」ではなく「信頼構築」

税務調査というと「突然来る」「怖い」といったイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかし、今回の指針が示すように、調査は納税者の理解と協力のもとに、公正で透明な手続として行われるものです。
調査を通じて、申告や会計処理の改善点が見つかることも多く、結果的に企業や個人の信頼性を高めることにもつながります。

税務調査は「敵対的な場」ではなく、「正確な申告を支える対話の場」――そうした意識が、これからの税務行政に求められています。